第5話 「真っ赤な森の勇者と聖魔導士」


「……………我が王の命令とあらば、私の名と命に懸けて」


さてさてさてさて、困っちゃいましたよー?
口は簡単に動くもの。
けれども運命というものはそう簡単には動きません。


聖魔道士になって、随分たちますが、こんなお仕事は初めてです。

仕える方、と決めたからにはどのような危険な場所にも参りましょう?
けれども今度のお仕事は、聊か勝手が違うようで……。





『真っ赤な森の勇者と聖魔導士』





「ひ~ん…おウチに帰りたいよ~…ぉ」



……城を出てからそればかり、私だって帰りたいですってば…もぅ。
とは流石に言えず、掴んでいた少女の尻尾をパッと離す。
途端に座り込む様子に、溜息をついて……辺りを見回して様子を伺い…。



「随分、歩きましたね…夜も更けた。お疲れの御様子ですし、此処で野宿致しましょう?」

「野宿!!???こんな所で!!?」

「……枕がなければ眠れませんか?」

「ぅ……そんなことはないけどさー、何時モンスターが現れるかわかんないじゃんっ!?」



………この小心者め、とはやはり申せませんが。



「まぁ……――殺されそうになれば嫌でも目が覚めますよ」

「ひぃぃっ」

「………一々本気にしないで下さい、冗談ですから」



貴方、本当に勇者ですか?勇者というのは、勇ましい者、と書いて勇者なのですよ?
事情は知りませんよ、我が王…でもね、でもですね、この者が勇者というのは………
聊か、多少、いえ絶対間違っている、ような、気が致します。


しかし、此の侭意見を交わしていても時だけが過ぎていく。
彼女の言葉を聞かぬふりしながら、木々を集め……焚き火を作っておく。
周囲に明かりが灯れば、何より空気が暖かくなるのは心を休める効果もあるだろう。



「本当に、此処、大丈夫?いきなり齧られたりとかしない……ッ?」



なおも心配そうに問いかける彼女に、ちら、と視線を送ってから軽く頷いておく。
絶対、という言葉は、この旅には恐らく存在し無いだろう。
……けれども、言葉程度であれば安心するなら、私はあっても良いと思うのです。


そして何時ものように、ロッドを片手に木の下に座り込み、動かないという体を示せば……
勇者様も漸く地面に腰を下ろした。



「あの、そのっ――」

「まだ私に何か?」



間髪居れずに、視線を向ければ「うっ」と詰まったミノリゴが怯えたように耳をしょげさせる。
……ちょっと苛めすぎたかな、と反省し…小さな溜息と共に口を開く。



「……どうか致しましたか?野宿になれないならば、次の町でテントを購入致しましょう?」

「えと…俺、何処でも寝られるけど……ヒビキ…は寝ないの?」

「見張りをします。町の宿につくまで…夜は私が起きていますから、安心して眠ってください」



オズオズと、まだ呼びなれない己の名を呼ぶ少女に、漸く口元が緩む。
良い子良い子、と手を伸ばして頭を撫でると無邪気な表情を浮かべる彼女は安堵の息をついた。


そのまま丸まるように、長い草のベットの上に横になると…暫くして、寝息が聞こえ始める。


―――我が王……本当に、貴方は正しいのでしょうか?
戦とは無縁の、穏やかな表情、憂いも陰りもないその瞳はこの旅には不釣合いに感じるのです。


―――本当に、戦いを知らないこの子を、巻き込んでも宜しいのでしょうか?
いっそこの場に置いて、自分だけで旅立てば彼女は喜ぶでしょうか……。


眠っているらしき少女の背中を見ながら、焚き火に木を加える。
……暫くは燃えているだろう、それに今夜はそう冷えても居ない。
荷物の中から薄手の上掛けを一枚取り出して、
立ち上がると小さな身体にそっとかぶせてから暗い森を見詰める。

出来るだけ音を立てないようにして、武器をしっかりと携え……アイテムを少し持って歩き出す。



「お休みなさい――どうぞ、良き夢を……」



目覚めたならば、貴方を迎えてくれる温かな場所へ……――何処か平和な地へ。


ぐっすりと眠っていた少女の姿を思い起こしつつ、幸せを祈る。
そうして、月明かりを頼りに森を抜けようかという頃――急に背後で鳥の羽ばたきを聞いた。
いっせいに飛び立ったらしい、木々で眠っていたはずの鳥たちの奇行に、慌てて振り返る。



「―――………ッ!?」



嫌な予感がした、続いて空へと上がる火柱に考えるより先に足が地面を蹴って走り出す。
不気味にくねった木々の枝を、刃が叩き落し――身体は前へ前へと突き進む。


茂みを飛び越え、ぐんぐんスピードは増し…布地に裂かれた風が耳元で高い音に変わる――。

暗い森を真っ直ぐに突き進むと肌に熱い空気が触る。
――火事か……いや、ただの火事ならば、火柱が上がったりしない。


木々が焼け落ち、辺りに嫌な香と煙が充満している。
最後の木の枝を薙ぎ払う様にして野宿の地へと現れると、そこに広がっているのは一面の炎。

まず、目に入ったのは大きなドラゴンだった。
何処から来たのか、天に向かって大口を開けて火を放っている。

それから、逃げ遅れたのか、その足元で丸くなって必死に尻尾の火を消しているのは―――。
己に託された、守るべき、小さな少女のようで………。


プチリ、と自分の中で何かが切れたような音がした。
艶然と微笑む赤い口元が、描いたカーブの間から…高速で古の言葉を紡いだ!



『――――ホーリーフレイムッ!!』


聖魔法の最高攻撃魔法。
ドラゴンの使う赤い火とはまた違う、まばゆい聖なる火があたりを白く染め、
そしてそれが消えると同時に、悲痛な敵の悲鳴と巨体の倒れる地響きがが夜の闇に響く。

大きな体格のドラゴン。
深手を負いながらも、頭を擡げ、聖魔道士と視線を絡めて睨み合い…低く呻きにも似た鳴声が上がる。

もう一撃、攻撃する気力のないドラゴンから目を離さずにヒビキが口を開きけたとき、
邪魔者は思わぬ場所から現れた。



「駄目ぇええっ、ヒビキ、ひびたんっ、駄目だめっ!!
 のっときりんぐ、あーーゆーあんだーすたーーーんっ!!!!?」

「……何故?」



何時も弱気になる彼女を叱咤する時とは違う、
本気の怒りの色を移した己の瞳が容易に想像できて…小さな少女の体がすくむのが見て取れた。
けれども、この時ばかりは緩めることは出来ない。

しかし、小さな勇者様も、この時だけはまっすぐ此方を見つめ返して踏みとどまった。



「………だって…ソイツ、もう反省してるよ……殺しちゃ、だめだ」



暫しの間、3つの視線が交差する。
と、聖魔道士がまずランスを下ろし、次にドラゴンがゆっくりと体を起こした。
一声大きく啼くと……傷ついた魔物はじっと2人の人間を見つめ…暗い森へと消えていく。



「アイツ……大丈夫かなぁ……」

「―――彼らは治癒能力がずば抜けていますから。あの位どうってことありません」



機嫌悪そうな聖魔道士は、勇者の手を掴むと…先ほど荷物の中から持ち出した傷薬をそこに掛ける。
赤くなった火傷の痕は次第に消えていく…それでも苛立ち紛れに空になった瓶を地面に放り出して……。



「貴方という人は――――何故怪我をするんです、無事で居なさいッ!!」

「ふぇっ………だ、だってしょうがないじゃんっ、死にそうになって慌てて起きたしっ…」



えぐえぐっ、と泣き出す怪我人に、黙って荷物を拾い上げると投げ渡した。
自分も焼け残ったものを持てるだけを持って安全な方へと身体を向ける。
夜の森を二人で、無言で歩いて歩いて……やがて優しい風が木々を抜ける開けた場所へとたどり着く。


肌を焼くような暑さから逃れれば、急く気持ちも追いついてきたのか、やっと背後をついてくる勇者へと口を開いた。



「ミノリゴ……私は…回復魔法は使えません。貴方に怪我をされては…困ります」

「…………ゴメン」

「………そんなに、怖かったのですか?これ以上危険な旅が嫌なら貴方だけでも――」

「ヒビキ、何で、僕なんだろう」



足を止めてゆっくりと振り返る。先ほどまで一人考えていた疑問と、ミノリゴの言葉が重なった。
だが、こちらが口を開くより早く、不思議そうな瞳が問いかけてくる。



「ヒビキは、何でこの旅に付いて来たの?強いし、怪我したら困るような偉い人なんじゃないの?」

「………強い力を持つ事が、偉い、に繋がるとは限りません…私は、何の権力も持ちませんよ」

「そっかぁ…でも、良いな、僕なんて……強いも偉いもどっちも持ってないもん」



尻尾は持ってるけど、とふさふさとした…ちょっぴり焦げた毛並みを指で撫でている勇者は笑った。
―――我が王……私の疑問は晴れません、けれど、無邪気なこの人を……このまま置いて行けそうもありません。



「死んじゃっても、本当なら…王様とか偉い人とか誰も困らないような人間なのにさー…」

「貴方は選ばれし勇者――ですから、私は貴方を守らねばなりません」

「………もう一回抽選すれば良いって思わない?僕より相応しい人、見つかると思う…」

「随分と、寂しいことをおっしゃいますね」



自棄になったような、それでも必要とされる事を望むような……寂しげな呟きに瞳を細める。
ゆっくりとそちらへと歩むと、眠る前と同じように頭をポンポンと二三度撫でる。



「ヒビキは……もし僕が、死んじゃったら、悲しい?」

「もし、と問われましても――――貴方が死ぬ前に…貴方を守る私が死ぬでしょう」

「え……嫌だなぁっ、死ぬわけ無いじゃんッ、ヒビキは絶対死なないッ!死んだり、しない……」

「なら………私が守る貴方も、死んだりはしないのでしょう」



―――我が忠誠を誓いし王……私はもう、彼女を置いて旅立つことはできそうもありません。


この小さな勇者は中々に、目の離せない、……戦いに明け暮れる私とはまるで違う……可愛い女の子です。
誰か……私の変わりに彼女を守る強い方々が、包みこむ平穏な日々が訪れるまで……。
私は彼女の傍を離れることも、また……命を落とすことも、できそうにありません。



「勇者は、貧乏くじかもしれませんね」

「そう思う?だったら、勇者のお守りも貧乏くじ?」

「ええ……そうですね」



……ですが、と続けるのは止めておく。
続く言葉は、まだ継げるべきでは無いでしょう……何時か、平和が訪れた時か…私が息絶える時までは。
旅はまだ、始まったばかりなのだから………。





TO BE CONTINUED

▼ 第4話へ ▲ 第6話へ  ▼ TOPへもどる