第4話 「旅立ちは強制的に」


勇者と呼ばれた少女は知らなかった。
今、この国・・・いや、世界の源とも言える風の守護石が魔王によって奪われ
一刻を争う事態になっていたということを。
それを聞かされたミノリゴは途方に暮れていた。

玉座の間には作り笑いで必死に顔をゆがめている国王と
具合悪そうにうつむいて正座をしているミノリゴがいた。

「・・・さ、さぁミノリゴよ。そんな暗い顔をせずに引き受けてはくれまいか?」
「・・・・・・」

返事をしないミノリゴに、風王はため息をついた。

無理もない。
何故なら勇者として撰ばれた者はたくましい剣士でも、聡明な魔導士でもなく
ただの、一般市民だったからだ。
いや、ただの一般市民ならまだ良い。この者はそれ以下なのだ。
見るからに弱々しい垂れた犬耳と、下がった茶色の尻尾。
くたびれた服は更に弱々しいというかヘタレさも感じさせるし
緑の髪に見え隠れする茶色の瞳は今にも泣き出しそうだ。
何より全体的に頼りなさが溢れ出している。

本当に、この者が勇者なのか・・・?

魔導士の予言とは言え、王は未だに信じられなかった。
だが、それ以上に選ばれた本人が信じられなかった。

(な、何で僕が勇者に・・・。そんなすごい事、出来るわけないのに・・・)

ミノリゴは城の窓から外に目をやった。
抽選会の為に集まっていた沢山の人々が、今度は勇者誕生のお祝いか何かの騒ぎを起こしている。
一歩外に出ようものならたちまち勇者として崇められるだろう。
これでは逃げ出したくとも逃げられるわけがない。

「あ、あの・・・風王様!」

暗い顔をしていたミノリゴが申し訳なさそうに口を開いた。

「何だ?」
「その・・・僕には、勇者なんて大層な事、出来ません・・・。
 もう一回抽選をするか何かして選び直した方が・・・」

発言がだんだんと自信なさげに小さくなるミノリゴに、王はますます不安を覚えた。
この者では、守護石を取り戻すどころか旅に出た時点で死んでしまいそうだ。
風王は心底そう思った。

その時

「陛下、先日の魔導士が、陛下にお会いしたいと言っているのですが・・・」
「・・・!すぐにここに連れてまいれ」

と、王の側近が風王に近寄ってそう伝えた。
ちょうどよかったと言わんばかりに王は魔導士を連れてこさせた。
程なくして魔導士が玉座の間に現れた。

「陛下、勇者ご誕生・・・誠におめでとうございます」
「魔導士よ・・・そなたの言った方法は本当に正しかったのか?
 私にはあの者が勇者には到底思えぬ・・・!」

風王はためていた言葉を魔導士にぶちまけた。
それを聞いてシュンと縮こまるミノリゴ。
魔導士は風王が言い終わるまでじっと待って、それから少し間を置いて口を開いた。

「見た目に判断されてはなりません、陛下」

魔導士は横で座り込んでいるミノリゴを見、そしてすっと片手を伸ばして彼女を指した。
それに気付いたミノリゴはびっくりして体中の毛を震わせた。

「こんな見てくれですが、この者が内に秘めた潜在能力は計り知れませぬ」

そう言われてミノリゴはどきりとした。

潜在能力・・・?僕に??そんなわけないのに・・・。

違う違う!と両手を振って否定するミノリゴを尻目に魔導士は続けた。

「その潜在能力が目覚めていない今は頼りなく見えるかもしれませんが
 目覚めた時こそ、彼女はこの国を救う勇者となるでしょう・・・」

魔導士の予言じみた言葉に、その場にいた者全てが圧倒された。
ゆっくりと、静かに言ったのに何とも迫力のある、押さえつけられるような口調。
説得力があると言うのは、こういうことなのだろう。
迷っていた風王もその言葉を聞いて、意を決したように立ち上がった。

「・・・ミノリゴよ、そなたは守護石に選ばれたのだ。それは確かなのだ。
 今は非力であったとしても・・・この先必ず強くなる。きっと大魔王ワラから風の守護石を取り戻せるだろう」
「そんなぁ・・・」
「だが、今のそなたでは旅に出るのも辛いだろう。
 お供を一人連れて行くがよい。少々我が強いが、優秀な聖魔導士だ」

王は玉座の後ろを向いて、その名を呼んだ。
ほどなくして玉座の横に、紺と白のローブを着た女性が立った。
ローブと言ってもその丈は膝上までしかなく足が露わになっており、僧侶の上級職である聖魔導士には
似つかわしくない格好だ。
その手には先端に宝玉、さらにその先に鋭い刃がついたランスともロッドとも取れぬ武器を握っていた。

「王宮付きの、聖魔導士ヒビキだ」

王が紹介すると、ヒビキは軽く一礼した。
凛とした表情。賢そうな顔立ち。
いかにもミノリゴが苦手そうな人種だった。思わず表情をゆがませる。
ヒビキはにっこりと笑い

「私の顔に何か?」
「ひぃ!・・・い、いぇ・・・何にも・・・」

と、笑顔で威嚇。
その迫力にミノリゴはすくみ上がる。

「ヒビキよ、呼んだのは他でもない。
 この少女・・・勇者の、守護石奪還の旅にに同行しその力となって欲しいのだ」
「・・・勇者、ですか?」

そう言うとヒビキはまた、ミノリゴを見た。
とても勇者と言う言葉が似合わない、何とも弱そうな少女。
最初は王の戯言かと思ったが、そうでもない様だ。
ヒビキが首を傾げたが・・・何か考えあっての事だろうと解釈した。

「厳しい旅になるだろうが・・・引き受けてくれるか?」
「・・・・・・我が王の命令とあらば、私の名と命に懸けて」

きっとした表情で王に自分の意思を告げるヒビキ。
ますます逃げられなくなったと、脱力するミノリゴ。

「頼むぞヒビキ。大魔王ワラは守護石を奪った後、西の方角に飛んで行ったという目撃情報が得られた。
 まずは西の町に向かって情報を集めてみるとよいだろう」
「承知しました」

風王に深々とを礼をすると、ヒビキはミノリゴにつかつかと近寄り
その尻尾を力強くを掴んだ。

「ぎゃぁ!い、いたいい!!!!」
「さぁ勇者様、そんな所で座り込んでないでさっさと行きますよ」
「ぇ、あ、ちょっと待って・・・・ひ、ひぃいぃぃいいっ!!」

ミノリゴの静止も聞かず、ヒビキは尻尾を引っ張って
無理矢理ミノリゴを連れて行く。


―――――――――こうして、ミノリゴの旅は始まった。
・・・・・・半ば強制的に。




TO BE CONTINUED



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